旅に活かされた頃とすっかり様変わりをした明治大正期ともなりますと、そのコンパクトな携帯の便利さだけではなく、更なる使いやすさや、低廉を図れる材料や技術の進歩は、庶民の経済活動の広がりや活発化に伴い、日常使いやちょっとした所用などにも、大いに使われたことが偲ばれる、たくさんの品が残されておりました。図は、しっかりしたバネによって、金属で出来た箱の天地が押し広げられ、3本の鎖によって、必要な寸法が確保されます。
吊り下げてのみ使用できたものが、棚に置いても使えることになりました。
倉庫や機織場(はたおりば)や水車小屋での点検整備や油さしなど、コンパクトなだけに好都合だったでしょう。火袋を作る覆いの布にしっかりと油の染み込んだものが見受けられます。
Antique Museum 江戸民具街道館長 秋澤達雄


浜町)の生まれ育ちだけに毎回”小田原ちょうちん”の話に興味を持っています。館長のお話は文献からの薀蓄ではなく、実際に使用した当時の
エピソードが多く、感服しております。さて
貴館の鬼瓦を”全形拓本”に採らせて頂く件、
10月9日(日)10日(祝)の両日に、とお願いいたしましたがよろしいでしょうか?
京都の吉田氏は見学歓迎、とのことです(先日、京都・福井で公開しました)。それでは当日
楽しみにしています。