2005年11月30日

馬上提灯 (ばじょうちょうちん)

馬上提灯.jpg
 馬上提灯は、黒漆塗りの木製の柄が鞘(さや)となり、鯨のひげを削った弾力に富んでしなやかな吊り手が仕込まれており、伸縮自在。図の如く固く縒(より)をかけた和紙の紙縒(こより)で編み上げた雨おさえの笠は、漆塗りでしっかりと固められております。
 なかなかの物であり、前後ろに施された家紋が一段と格調を高めているようです。部材のおもしろさ、着想の妙もさることながら、その姿には日本 人の感性の見事さに目を見張る思いです。
        Antique Museum 江戸民具街道館長 秋澤達雄



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2005年11月28日

文字書き人形

文字書き人形.jpg 江戸の後期1840年から1850年に、からくり儀右門こと田中久重によって作られた、一大傑作の「文字書き人形」が、アメリカにあることが分かり、努力の結果、日本 への里帰りを果たし、日本からくり研究会の東野進氏によって、完全修復がなされ、11月24日江戸東京博物館にて、記者会見として発表されました。
 その精巧な動きは、ただただ驚きです。自ら筆に硯の墨を含ませしごき、名刺よりやや大きめの紙に「寿」と書き上げると、文字板がくるりと回って、皆さんに見えるようになるという、実に見事な動きは、「弓曳き童子」共々、江戸時代の技術水準の高さや日本文化の素晴らしさを証明することでしょう。
 図は私のスケッチです。東野先生の快挙を祝って記念に贈らせて頂いたものです。
          Antique Museum 江戸民具街道館長 秋澤達雄



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2005年11月25日

金曜コラム まだらめ氏と足柄座

足柄三番叟.gif 神奈川県西部の南足柄市(班目)と山北町(斑目)、愛知県(駁目)に「まだらめ」と読む地名がある。
 平成12年春、全国の「まだらめ」さん29家族が、先祖探しのため南足柄市班目に集まった。
 東京都文京区の元大学教授の班目さんが、11世紀の軍記物『陸奥話記』に吉美候(きみこ)武忠班目四郎という名を見つけ、ルーツ探しを始めた。西国と東国を結ぶ交通の要衝・足柄峠から酒匂川を渡河する地点に、まだらめ氏の祖先にあたる君子一族が住んだことを突き止めた。そして、君子尺麻呂(きみこさかまろ)が、朝廷から孝行の表彰を受けたと『続日本記』にあることなどから、南足柄市班目にたどり着いた。今も先祖探しの旅は続いている。
 享保19年(1734)、阿波の人形遣いの夫婦が、酒匂川の氾濫にあい、世話になったお礼にと班目地区に人形芝居を伝えた。淡路人形の鉄砲ざしと呼ばれる独特の操法で演じられた「班目人形芝居」は、太平洋戦争や戦後の物不足から昭和31年の公演を最後に中断。10年を経た昭和40年、当時の南足柄町の婦人会員8人が集まり、女性だけの相模人形芝居「足柄座」を結成、「班目人形芝居」を今に伝えている。  (粒)


*画像と音声は、五穀豊穣や国土安穏を願う祝いの舞「三番叟(さんばそう)」

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2005年11月23日

2度目の報告

二宮小学校.jpg
 10月24日の体験学習出前講座で、活力を頂いて立ち戻った報告を致しましたが、この度、さらに大きな励ましを頂きました。子供達の感想文やスケッチの入った分厚い冊子が『二宮 小学校の4年生より』と銘記され、送られて参りました。
 図は小さくて残念ですが、ご覧下さい。
 百数十名からの文章やスケッチや写真は、得難い宝です。当館の何物にも変え難い宝物がまたひとつ増えました。時折拝読し、心の糧として大切に保管致します。
 二宮小学校の皆さん、本当にありがとう。
           Antique Museum 江戸民具街道館長 秋澤達雄



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2005年11月21日

ひょうそく(その3)

ひょうそく.jpg
 ある時、親父の話を思い出して、試してみたのでございます。
 秉燭にサラダオイルを注ぎ、灯芯は2本 でした。びっくり致しました。気の面(つら)が良くわかり、特に板目 の質の差が、奥行きをもって味わい深く見えました。
 江戸期、「黄表紙」という洒落本の、墨一色刷りの版画の挿絵が立体的に見え、また、唐桟(とうざん)模様や長火鉢の木目模様が美しく、奉書紙の墨の線もくっきりと見えるのです。現在の本は光ってまことに読みにくい。スイッチを入れ、普段の明かりの下では、全てが平面的であり、先程の生き生きとした瑞々しい味わいは消えました。
 物の状態を良く見て取ることは、明るさだけではなく、明かりの質と対象物の質とによることを悟らせられた驚きは、実に大きく重い。
         Antique Museum 江戸民具街道館長 秋澤達雄



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2005年11月18日

金曜コラム ローカル線考

「足柄の里から駿河の国へ」
ケンケンマップ.jpgけんけんマップ.gif
 明治22年(1889)7月1日、新橋から神戸間の東海道本線が、汽笛も高らかに誕生した。
 開通当時、箱根越えルートの足柄から駿河までの停車場は、国府津、松田、山北、小山(現・駿河小山)、御殿場、佐野(現・裾野)、沼津の7駅だった。現在、駅は19に増えた。
 ♪いでてはくぐるトンネルの 前後は山北小山駅 今も忘れぬ鉄橋の 下ゆく水のおもしろさ‥‥と「鉄道唱歌」に歌われた。
 昭和9年12月1日、日本の大動脈を担った箱根越えの東海道本線は、丹那トンネルの開通により、一夜にしてローカル線に転落、御殿場線となった。以来、乗降客が減り続け、駅無人化やワンマンカー導入など衰退の一途を辿っている。
 今、沿線地域の民間団体による「元気づくり計画〜御殿場線ケンケンマップ」が動き出した。
 「足柄の里から駿河の国へ」をキャッチフレーズにした「ケンケンマップ」には、元気づくりの源「県、険、健、賢、見、献、喧、牽、見」を集めた。御殿場線がつなぐ静岡と神奈川の「県境地域」、富士登山に「健脚自慢集まれ」、豊かな自然に「環境保全に貢献する森林と水源」、御殿場線に「昔SLが列車を牽引していました」、金太郎伝説を引いて「喧嘩に強い金太郎」、文人墨客が訪れた国府津は「賢人のふるさと」などなど。
 ローカル線活性化の議論は、研顕学楽(けんけんがくがく)が良い。    (粒)


音声は、大井町商工振興会の大鹿立脇会長です。

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2005年11月16日

ひょうそく(その2)

ひょうそく2.jpg 急須形や高杯形、7月に載せた茶碗形は、“たんころ”と呼ばれ、移動や掛行灯に火を移すところの浮世絵にも見られ、時に提灯にも使われたのでございます。ほとんど焼き物です。銘々、油溜りがたっぷりとして、長時間灯すことが出来たので、細工場や掛行灯、灯籠などに重宝したようです。
 中気病み上がりの親父が気ままに言う、ぽつりぽつりの話です。細工場の明かりは、急須形の秉燭です。電灯と違い、心が整いやすかったと申します。小さな灯を見つめ、落ち着いたところで、将棋の駒ぐらいの材料に鉋(かんな)を掛けると、木肌の様子が極めて良くわかるのだそうです。
 奉書紙に墨で描いた型図に当てても、明るくはないけれど不自由はなく、彫り物の凹凸も細部に亘って良く見えたというか、本 当に良く感じ取れたと申すのでございます。(つづく)
      Antique Museum 江戸民具街道館長 秋澤達雄



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2005年11月14日

ひょうそく(その1)

ひょうそく1.jpg ある年、年神様の棚に、急須を細長くしたようなものの注ぎ口から、火が灯っておったのでございます。初めて目にした物であり、今までよそでも見たことがありません。「何だあれは?」「『ひょうそく』といってなぁ、細かな細工には重宝したもんだ。物置の作業場を片付けたら出てきたので使ってみたのよ!随分めえ(前)の事だから、すっかり忘れていたがなぁ!」 随分前の事とは、大正末から昭和初期のことでして、隣に座る神様のお社である大神宮 さんを組み上げたのを含め、色々な細工に活用していたのです。
 漢字で「秉燭」と書かれます。馴染みの少ない文字ですが、江戸期、庶民の灯火器として、ごく普通に使われたものです。(つづく)
          Antique Museum 江戸民具街道館長 秋澤達雄



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2005年11月11日

金曜コラム 富士と桜とわいん

松田山わいん.jpg 冷え込んだ朝ほど、薄化粧した富士山が美しい。
 国土交通省関東地方整備局は昨年から、四季折々にさまざまな姿を見せる富士山の魅力を地域振興に活かす「関東の富士見100選」を進めている。
 第2次の発表がこのほどあり、神奈川県西部から中井町の中央公園、松田町の松田山西平畑公園から見た富士山が選定された。
 第1次では、かつて箱根越え東海道本線の拠点駅として栄えた山北町と、昭和40年代初めに第一生命が本社機能を移転し、話題になった大井町が選ばれている。
 海抜550bの松田山山頂近くには、鎌倉5代執権・北条時頼ゆかりの最明寺跡か
ら名付けられた公園がある。
 春、園内では、ソメイヨシノをはじめ黄色い花のうこん桜、菊桃、京舞、楊貴妃、富士桜、手弱女(たおやめ)など珍しい桜たちが咲き誇る。
 かれんな美を競った桜葉は、梅ワインに漬けこまれ、町の特産品「松田山〜桜葉わいん」として一役買った。しかし、人気の上昇とともに、行政と発売元の利害が対立、生産中止となった。そして、2年の歳月が、シコリを和らた。
 町制施行80周年の平成元年に「松田八景」を描いた松田町出身の画家が筆を執っ
た春化粧の富士と白亜の館と満開の早咲き桜、町長の書「松田山 桜葉わいん」がラベルを飾り、まもなく復活する。         (粒)


*コメントは、発売元・小田原酒販組合の横山幸夫理事長です。


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2005年11月09日

正時版符天機調査結果(その2)

 <調査結果>
正時版.gif 誤差を計算すると、江戸民具街道所蔵のものは、ずれの最大振幅は1.186秒、最小二乗平均誤差は0.570秒という値を得た。これは当時の垂揺球儀が非常に精度をもつ計測器であったことを意味する。また、振り子の重心の長さを2.9p長くすることにより、周期が0.0405秒変化することを測定した。
 さらに、ずれの時間変化をフーリエ変換した。江戸民具街道所蔵のものは250回、500回、1000回のところに周期のピークがみられた。これは1000回に1回転する第2の歯車になんらかの欠陥(少し正方形に近くなっている?)があるためであり、これが完全であると、さらに精度が高くなることが期待される。 富山市科学文化センター
          Antique Museum 江戸民具街道館長 秋澤達雄



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2005年11月07日

正時版符天機調査結果(その1)

正時版.gif 10月10日に申し上げた結果報告のさしあたっての取りまとめがきましたので報告いたします。
 <調査方法> 江戸民具街道ではGPS,ビデオカメラをそれぞれ2台にし、正時版の表示部分、振り子と温度・湿度表示を別々に撮影した。ハードディスク録画装置も24時間録画できる機種2台を用意した。2台の同期はGPSの時刻でとった。また、温度・湿度が変化しないようにエアコンをできるだけつけ行った。さらに、正時版全体を30秒ごとにデジタルカメラで自動撮影した。
 撮影は最初に2時間ほど振らしてから撮影を始めた。なお、この調査は24時間行う予定であったが、15時間4分43秒後に、重りのひもが切れ、振り子が歯車を回転させる力を失ったので、断念した。その後、重りのひもをつなぎ合わせて、振り子の長さを最も長くして2.5時間の作動テストを行った。(富山市科学文化センター)
         Antique Museum 江戸民具街道館長 秋澤達雄



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2005年11月04日

金曜コラム

竹林と宝の山

竹林.gif 古くから日本人の生活と深く関わってきた竹。人手が入らず、荒れた竹林を宝の山に変える「あしがら竹林再生大作戦」が、神奈川県南足柄市三竹地区で進んでいる。
 三竹地区は、昭和30年代まで温度や湿度による狂いが少ない竹材を使った産業が盛んだった。節と節の間が広く、物差しやコンバイン、稲穂の掛け竿に利用され、「三竹の竹」と評判をとった。しかし、セルロイドやプラスチック製品の普及と、昭和34年の尺貫法の廃止が、竹材産業の衰退に追い打ちをかけた。そして、竹林は荒れた。
 昨春、県足柄上地区行政センター職員のアイデアで「竹林再生事業」が始まった。まもなく、NHKテレビの人気番組「難問解決〜ご近所の底力」に出演、全国から竹林再生の知恵を技を授かった。
 事業の中核「三竹里山の竹林を考える会」(杉山精一会長)などは、間伐ボランティアを「竹林を宝の山にし隊」と名付けた。作戦開始から1年、間伐で化粧直しした竹林を舞台に「竹の子祭り」が開かれた。約2000人が集まり、竹の子掘りや竹林に流れる琴の音を楽しんだ。
 同会は9月から、東京都内の豆腐料理専門店に土産物用豆腐の竹製容器を1日50個ずつ納め始めた。また、大手住宅メーカーと共同で、住宅工事用の板囲い用の柵を開発中だ。知恵と行動力が荒廃竹林を「宝の山」に変えた。        (粒)


*コメントは、竹林再生への思いを語る杉山会長

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2005年11月02日

行灯(その2)

行灯2.jpg
 図は三角型で脚は3本 、珍しいタイプです。廊下の曲がり角にでも置かれたものでしょうか。
 江戸期、一般的に、高価なロウソクを使うことなど、まず無かったのです。
 ロウソクを使うタイプの行灯は、柔らかみのある、艶やかで小粋な塗りに細身のものが多く、高価なロウソクの代償が頂ける所で使われていたようです。
 光源は種油が主であり、受け皿が合うくり抜き板や、柄の短い吊り灯台に乗せられました。
 猫騒動ではありませんが、光源が植物油であり、中には魚油などもあって、カロリー不足の動物たちが、火の無い時に舐めてしまうこともあったようです。
 ドイツでも、油の減りが早いので調べると、工員さんが舐めてしまっていたとの話が、残っているそうです。
          Antique Museum 江戸民具街道館長 秋澤達雄



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